2007.04.12
246/沢木耕太郎
2006.07.04
Therapy book
2006.03.07
ZEBRA

私が大学の頃、福岡で、spice with jazzという深夜のラジオ番組があっていまして、バー52のオーナー林直樹さんが、立山律子さんと夜中放送していました。それが私が始めてJAZZとを聞くようになったきっかけでした。
そのときとくに覚えていた曲が収録されているCDです。
このCDは、ドラムを使わず、シンセサイザーとレスターボウイのトランペットのみで製作されています。
当時はフリージャズよくわかりませんでしたが、今は大好きです。これも、生のすばらしいアドリブを聞いたからに違いありません。そんな演奏を聞けた福岡ブルーノートといとこに感謝。
フリージャズが好きな人は聞いてみてください。
(輸入版は、MCAからでていたと思います)
ジャックディジョネットは、私が今一番ライブで見たいミュージシャンです。
2006.03.06
PIANO IMPROVISATIONS VO.1
2006.02.18
prenda minha
カエターノヴェローゾは、ブラジルのシンガーです。教えてくれたのは、ギターの師匠。もう60歳を超えているのですが、年々さらにすばらしい作品を作り続けている人。福岡で去年奇跡的にあった、ステージもすばらしかった。4曲目のterra(地球)は大好きな曲。ライブの前にポルトガル語少し勉強しておけばよかったと少し悔やんでおります。
以前、ポルトガル語の辞書を引きながら、訳したとき、感動した記憶があります。いかんせん、独学なので誤訳もあるかと思いますが・・・
詩はこちら(textのアイコンをクリック!)caetanoのページ充実しています!
↓
prenda minha
(Caetano Veloso terraより)
terra terra
por mais distante
o errante navegante
quem jamais te esqueceria

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以前、ポルトガル語の辞書を引きながら、訳したとき、感動した記憶があります。いかんせん、独学なので誤訳もあるかと思いますが・・・
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(Caetano Veloso terraより)
terra terra
por mais distante
o errante navegante
quem jamais te esqueceria

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2006.02.07
友人の書いた本
2006.02.02
近藤紘一氏の著作
2005.11.08
言霊の魔力
近藤紘一さんの著書「目撃者」に、
私は「言霊の魔力」を軽視しない。またそのことばは、潜在意識の謂いではないか。
という文章があるのですが、
近藤さんの文章には、花のような笑顔のナウ夫人、娘のユンちゃん、幽霊すら恐れないホアハオ婆さんを始めベトナムの人々への暖かいまなざしと輝きがあって、その文章には「言霊」を感じます。
『サイゴンのいちばん長い日』
『バンコクの妻と娘』
は読みましたが、どちらもお勧めできます。
「バンコクの妻と娘」は、タイの話なのですが、私が旅行したときにみた見たタイは、ある「一面」であって、次回行ったらまた違う一面を見られるんじゃないかと思うとワクワクします。
私は「言霊の魔力」を軽視しない。またそのことばは、潜在意識の謂いではないか。
という文章があるのですが、
近藤さんの文章には、花のような笑顔のナウ夫人、娘のユンちゃん、幽霊すら恐れないホアハオ婆さんを始めベトナムの人々への暖かいまなざしと輝きがあって、その文章には「言霊」を感じます。
『サイゴンのいちばん長い日』
『バンコクの妻と娘』
は読みましたが、どちらもお勧めできます。
「バンコクの妻と娘」は、タイの話なのですが、私が旅行したときにみた見たタイは、ある「一面」であって、次回行ったらまた違う一面を見られるんじゃないかと思うとワクワクします。
2005.11.03
沢木耕太郎講演会
沢木耕太郎の講演会が、大宰府の国立博物館でありました。内容を思い出しながら、文章におこしてみましたので紹介します。
海外の鉄道の旅は、土地の人の生活感や素の表情がかいま見れて面白いのですけど、
(本を読む人、寝てしまう人、食べつづける妊婦さん、集団でお祈りをするイスラム教徒・・・)
今回は、沢木さんからバスの旅の面白さを教えていただきました。
〜話の内容〜
私は、100以上の国を旅していたが、中国だけは行った事がなかった。というより、あえて行かなかったのだ。それは、自由に旅行ができないためだ。あるときとある作家にさそわれて、中国に行く機会があったが、1週間という時間の短さと、中国の作家に現金を渡さなければならないという一種のいやらしさから断ってしまった。
去年来年の夏は、中国に行きたいとなんとなく思っていて、今年の夏に、凍を書き終えたことで、中国に行こうと決めた。
ルールは、バスでいくこと、昆明、成都、カシュガル、の3地点は行くが、それ以外は自由に行くこの2つだけである。私は、香港、上海、江西、貴州、昆明、成都、西安、甘粛、酒泉、敦煌、トルファン、カシュガルというルートで旅をした。
バスで旅をするのは、バスが町の中心から出てと町の中心にいくから風景が近いこと、そして、1人きりになった自分と向き合うことができることが理由である。
まず、旅をする際ビザが必要になる。中国は、ベトナムと同様、ビザが大使館で取得できないので、通常は旅行代理店でとるのだが、金額が、1万のところもあれば8千円のところもありまちまちであった。さらに、1度出国したら、つかえない、シングルというタイプだけで、再入国できるマルチは取得できなかった。そこで、以前、香港に行った際に国境でビザが取れるという話を思い出し、ビザを日本で取らず、中国国境でとることにした。結局3千円で3ヶ月のマルチタイプのビザをとることができた。
香港からは、上海、江西、湖南、貴州、昆明へと乗り合いバスで向かった。中国のバスはとにかくうるさい。社内にDVDがあり、中国の人形劇などを流している。最初は見ていたのだが、ストーリーがだいたいわかってしまうので、見るのをやめた。また、みんな携帯電話をもっていて、マナーモードにはなっていない。着信の音がうるさいのと中国人が話している声がうるさいのでよけいうるさい。
また、事故がたくさんおこる。ぎりぎり2車線とおれる道で、前に車があり、その車を追い越そうとして、バスが正面衝突する。警察が3時間くらいしてきて事故の整理を始める。そのころには、渋滞になっているのだが、私達の反対車線の車を全部通したうえで、やっととおれるようになった。そんなことがしょっちゅうあった。
昆明には、司馬遼太郎さんが街道を行くで行った土地を訪ねる仕事を引き受けていたので、友人のカメラマン、通訳の3人でイ族の村を訪問する。通訳の方は、吉林省出身で、朝鮮族の方だった。団体旅行のガイドをしているので、中国の半日デモのときは困ってしまった。また、韓国人と日本人どちらの方がガイドをやりやすいか聞いたところだんぜん日本だという。韓国人はすぐクレームをつけてくる。しかし日本人は、1ヶ月後旅行代理店を通じてクレームを言ってっくるので1ヵ月後まで分からない。
イ族の村を訪れ、歩いていると民族衣装を着たかわいい女の子がいた。かわいいねと日本語で話しかけると、奥さんがでてきて、イ族の方ですか?と話かけると、漢族だという。だんなさんが、イ族で、彼女達は、イ族の村にお嫁に来ているのだという。はいってくださいといわれ、居間に案内される。家には奥さんの友人が遊びにきていて、みんなで民族衣装を着ようという話になり、もりあがる。友人のカメラマンは本領発揮という感じでうれしそうである。そろそろかえろうと思うと食事にさそわれる。なぜさそってくれたのですか?というと「私の家の前で足を止めたから」と言われた。昔日本にもそんな習慣があったのかもしれない。私は、旅をすると何か起きると思う。それは、おじいさんの言う「家の前で足をとめる」かどうかのことなのかもしれない。
成都、西安、甘粛というルートでバスの旅をするが、甘粛には、天水、銀川、蘭州という土地があり名前があまりにも美しいので行くことにした。特に、銀川には西夏王陵があり、行ってみたかった。しかし実際訪れると、観光地になっていて柵でおおわれただけのものだった。他に西夏王陵はないのか聞いてみると、100元だせば離れたとところにある王陵にいけるという。高いと思ったが、行ってみたかったのでその遠く離れた王陵に電気自動車に乗って行った。そこは、ほとんど手が加えられていなく、中国で初めての音のない野外の空間に3時間くらい有意義なときをすごした。
そこからは、酒泉、敦煌、トルファン、カシュガルという玄奘三蔵がかつて通ったルートと同じルートをたどった。
カシュガルで、バザールにするか遺跡にするか悩んだが、バザールを取った。私はやはり人間を見たいと思ったのだ。そのバザールはカシュガル中の人が集まるというだけあってすばらしかった。
海外の鉄道の旅は、土地の人の生活感や素の表情がかいま見れて面白いのですけど、
(本を読む人、寝てしまう人、食べつづける妊婦さん、集団でお祈りをするイスラム教徒・・・)
今回は、沢木さんからバスの旅の面白さを教えていただきました。
〜話の内容〜
私は、100以上の国を旅していたが、中国だけは行った事がなかった。というより、あえて行かなかったのだ。それは、自由に旅行ができないためだ。あるときとある作家にさそわれて、中国に行く機会があったが、1週間という時間の短さと、中国の作家に現金を渡さなければならないという一種のいやらしさから断ってしまった。
去年来年の夏は、中国に行きたいとなんとなく思っていて、今年の夏に、凍を書き終えたことで、中国に行こうと決めた。
ルールは、バスでいくこと、昆明、成都、カシュガル、の3地点は行くが、それ以外は自由に行くこの2つだけである。私は、香港、上海、江西、貴州、昆明、成都、西安、甘粛、酒泉、敦煌、トルファン、カシュガルというルートで旅をした。
バスで旅をするのは、バスが町の中心から出てと町の中心にいくから風景が近いこと、そして、1人きりになった自分と向き合うことができることが理由である。
まず、旅をする際ビザが必要になる。中国は、ベトナムと同様、ビザが大使館で取得できないので、通常は旅行代理店でとるのだが、金額が、1万のところもあれば8千円のところもありまちまちであった。さらに、1度出国したら、つかえない、シングルというタイプだけで、再入国できるマルチは取得できなかった。そこで、以前、香港に行った際に国境でビザが取れるという話を思い出し、ビザを日本で取らず、中国国境でとることにした。結局3千円で3ヶ月のマルチタイプのビザをとることができた。
香港からは、上海、江西、湖南、貴州、昆明へと乗り合いバスで向かった。中国のバスはとにかくうるさい。社内にDVDがあり、中国の人形劇などを流している。最初は見ていたのだが、ストーリーがだいたいわかってしまうので、見るのをやめた。また、みんな携帯電話をもっていて、マナーモードにはなっていない。着信の音がうるさいのと中国人が話している声がうるさいのでよけいうるさい。
また、事故がたくさんおこる。ぎりぎり2車線とおれる道で、前に車があり、その車を追い越そうとして、バスが正面衝突する。警察が3時間くらいしてきて事故の整理を始める。そのころには、渋滞になっているのだが、私達の反対車線の車を全部通したうえで、やっととおれるようになった。そんなことがしょっちゅうあった。
昆明には、司馬遼太郎さんが街道を行くで行った土地を訪ねる仕事を引き受けていたので、友人のカメラマン、通訳の3人でイ族の村を訪問する。通訳の方は、吉林省出身で、朝鮮族の方だった。団体旅行のガイドをしているので、中国の半日デモのときは困ってしまった。また、韓国人と日本人どちらの方がガイドをやりやすいか聞いたところだんぜん日本だという。韓国人はすぐクレームをつけてくる。しかし日本人は、1ヶ月後旅行代理店を通じてクレームを言ってっくるので1ヵ月後まで分からない。
イ族の村を訪れ、歩いていると民族衣装を着たかわいい女の子がいた。かわいいねと日本語で話しかけると、奥さんがでてきて、イ族の方ですか?と話かけると、漢族だという。だんなさんが、イ族で、彼女達は、イ族の村にお嫁に来ているのだという。はいってくださいといわれ、居間に案内される。家には奥さんの友人が遊びにきていて、みんなで民族衣装を着ようという話になり、もりあがる。友人のカメラマンは本領発揮という感じでうれしそうである。そろそろかえろうと思うと食事にさそわれる。なぜさそってくれたのですか?というと「私の家の前で足を止めたから」と言われた。昔日本にもそんな習慣があったのかもしれない。私は、旅をすると何か起きると思う。それは、おじいさんの言う「家の前で足をとめる」かどうかのことなのかもしれない。
成都、西安、甘粛というルートでバスの旅をするが、甘粛には、天水、銀川、蘭州という土地があり名前があまりにも美しいので行くことにした。特に、銀川には西夏王陵があり、行ってみたかった。しかし実際訪れると、観光地になっていて柵でおおわれただけのものだった。他に西夏王陵はないのか聞いてみると、100元だせば離れたとところにある王陵にいけるという。高いと思ったが、行ってみたかったのでその遠く離れた王陵に電気自動車に乗って行った。そこは、ほとんど手が加えられていなく、中国で初めての音のない野外の空間に3時間くらい有意義なときをすごした。
そこからは、酒泉、敦煌、トルファン、カシュガルという玄奘三蔵がかつて通ったルートと同じルートをたどった。
カシュガルで、バザールにするか遺跡にするか悩んだが、バザールを取った。私はやはり人間を見たいと思ったのだ。そのバザールはカシュガル中の人が集まるというだけあってすばらしかった。
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